2022/09/14

イジメかシゴキか!? 高校後輩の琴ノ若に張り手6連発(空振りもあり)の〝見苦しい暴力相撲〟の貴景勝! 見ていて不愉快!

白鵬の「張り差し」や「張り手」を見なくて済むと思っていたら、貴景勝が〝ヤクザ相撲〟を継承だ!

 

 貴景勝はまともにやったら勝てない相手とみると、しばしば「張り手」を使う。

 なのに、NHKのアナウンサーは「厳しい相撲」だってさ。この日の解説は、舞の海や北の富士じゃなかったから、何の苦言も呈しなかった。

 子どもに見せられないような取口をするなってぇの!

 そういう安易な手を使わないと勝てないのなら、とっとと引退しろ。

 

 先場所だったか、髷(まげ)をつかまれたかもしれない相撲で負けた後、さりげなく髷に触れて、審判にアピールしたよな。

 そういうあざといことをする力士なんだ、とそのとき意外に思ったが、本日(秋場所4日目)の琴ノ若との一戦を見て、〝暴力相撲〟も、その延長にあるのだろうな、と思った。

 かつては、横綱になってほしいと思った時期もあったが、強いときと弱いときの差が激しく、「この力士に横綱は無理だな」と今では確信するようになった。

 それより何より、ケンカかイジメのように見える醜い張り手を武器にするでない

 相手は高校の後輩だから、何をしてもかまわないと思っているのかな。

 親方も、ちゃんと注意してやれよ。

 

 忘れかけられている朝乃山も、来場所は十両昇進か?

 早く幕内上位に戻ってこい!

 そして、貴景勝に「真の大関相撲」を見せてやってくれ。

(城島明彦)

2022/08/21

日本の政治の暗部「安倍晋三が暗殺されなければ、旧統一教会問題は表面化しなかった」

 この際、「かつて問題になった出来事や気になる事件」は、〝その後〟を国や警察が点検すべきでは?

 

 連日報道されるのは、コロナと旧統一教会。

 旧統一教会については、過去に大問題視されながら、名称が変わったという理由だけで放置されてきた。

 だが、そういう出来事や事件は、ほかにもいっぱいある。

 小さい話では、たとえば、頭がおかしい奴が、ある日、突然、人を殺す事件。

 そういうことをする人間は、普段から行動がおかしいのに何の監視もされず、人が殺されてから警察が動き出すという問題がある。

 あるいは、電通のスポーツ局の東京五輪がらみの収賄事件。

 電通社員のなかには、こっそり副業をやっている連中が何人もいる。

 そういう連中に厳罰を処さずにきた企業体質が原因だ。

 大金が動くところには、事件の芽が生まれやすい。そういう世の中になっているところに問題がある。

 (城島明彦)

2022/08/18

不思議な〝三途の川〟の夢を見た

 昔、世話になった故人が、お盆の翌日の夢に出てきた。

 

 ジョージ・ブッシュ元米大統領が日本の古物商で、ナポレオンの巨大な肖像画を買うそばにいた。

 その後、場面が移って、私自身は、少年野球チームで優勝したチームが道路を凱旋してくるのを歩道にいて待っていた。

 すると、道路の向かい側の電柱の近くに、昔、お世話になった故人が観衆の前に立っていたので挨拶し、手を振った。

 しかし、不思議なことに、その人は私が視界に入っているはずなのに、無表情でムスッとし、私と目を合わせようとしなかった。

 その人は、夢の中では優勝チームの監督なのに、なぜか凱旋パレードには加わっていないのも不思議だった。

 そこで目が覚め、しばらくたって、その人が笑わなかった理由が理解できた。

 道路は、三途の川だったのだ。

 その人が笑わなかったのは、私を呼ぶ気がないからで、若し笑って手招きしていたら、

 「早く、こっちへ来い」

 という誘いだったのではないか。

 私には、「まだまだ生きていて、仕事をしろ」と、その人は教えたかったのかもしれない。

 そんなことを考えた。

 (城島明彦)

 

2022/08/01

地球が変、世界が変、日本はもっと変、みんな狂ってる

 暑いなあ。いっても仕方がないけど、つい口に出る。

 

 こんな地球に誰がした。犯人は誰だ?

 君、ぼく、あんた、オイラに、おめえ。

 そこの旦那に、道行くおばちゃん。

 みんな、胸に手ぇ当てたら、地球に悪いことしてるはず。

 

 ちっちゃなことでも、たまりたまったら、どうなるの。

 ちいさな野グソ、積もり積もれば、富士山となる。

 オ~、フジヤマ大爆発、芸者ニッポン、すっぽんぽん。

 あ~、ハポンにヤーパン、アンパンにキャラメルってか。

 —―そんなことを考えるワシって、どこか変?

 

 暑さで、道路も車も、木も花も、クルクルパ―になっている。

 人間だけが、まともでいられるわけがニャーだワン。

 「お~い、お茶」どころじゃござんせん。

 街を歩けば、ジジババに当たる。

 「お~い、老(おい)、多~い」でクルリンパ~。

 

 あ~、どっか変、どっか狂ってる、それが日本。

 元総理が白昼堂々、改造銃でイチコロや!

 そんな国が、世界のどこにアルゼンチン?

 

 警察は、人が死なないと動きません。

 安倍センセイを暗殺したクルリンパ―の野郎は、

 自宅で、でっかい物音を立てて、凶器を製造してた。

 「音がうるさい」と同じアパートの住人が通報した。

 そのとき、警察が機敏に対応していたら、安倍センセイは死なずに済んだ。

 ところが、警察は知らん顔。

 このことをもっと問題にせんかい。

 百回でもせんかいでも、声を大にしていうたる!

 平和な国じゃのう、日本は。

 

 メディアが報じるのは、暗殺現場の警備が不備だったということばかり。

 おかしいのとちゃうか。

 「うるさい音がする」という通報があったときに、警察がササッと動いていたら暗殺は防げた。

 警察が近所に聞き込みをすれば、「あぶない奴がいる」ことは、すぐわかったはず。

 暗殺は未然に防げた。

 銃刀不法所持とか、凶器準備罪の疑いで、事情聴取もできた。

 個人情報保護法? そんなものでクルクルパ―マンを守ろうとするから、おかしくなる。

 

 「転ばぬ先のツエツエバイ」って知っとるけ?

 狂った日本、治すには、それが大事じゃあ~りませんか。

 (城島明彦)

2022/07/07

イヤだねぇ、またコロナが息を吹き返してきたよ

 4回目の接種の案内が届いたが、副反応が怖くて、注射する気になれない

 

 久しぶりのブログ更新だっちゅうの。

 今、年内に発売予定の徳川家康の本の原稿を書いているせいもるが、ブログを書くのが、だんだん面倒になってきた。

 年をとったからだろうね。

  それはさておき、世の中、暗いのう。う、暗いな、ウクライナってか。

  すずめ百まで 踊り忘れず、ジジイ百まで 金玉ポリポリ

 おお、イヤだ、年をとると品がなくなって困るなんちゃって

 むかし、〝なんちゃってオジさん〟ちゅうのがいたが、今じゃすっかり年老いて、

 〝なんちゃってクソジジイ〟でやんすよ。

 おお、イヤだ、おいたわしや、老いたワシや、ってか。

 

 久しぶりに暑気払いの替え歌でもぶちかましたろかいな。

 ってなわけで、

  ♪ あの町 この町 日が暮れる

    今来た この道 帰りゃんせ

 この歌の替えなど、どうどす? 

 近頃は、オイラも、だんだん頭頂が薄くなってきたのでなぁ。

 こんなん出ましたけど。

  ♪ あのハゲ このハゲ 毛が抜ける

    今抜けた この髪 帰りゃんせ

  ああ、イヤだ。ドッと疲れてしもうた。

  オイラも、長くありませんなぁ。

 (城島明彦)

 

 

 

2022/06/05

北方4島を本気で返してほしいなら、ウクライナ同様、自衛隊+米軍が4島を占拠すればよい

ロシアは文句いえないが、北海道を戦場にする覚悟がいる。つまり、返還は無理ということだ

 

安倍晋三らは「絵にかいた餅」の話をしてきた

 安倍晋三をはじめ、日本の政治家どもは、「北方4島返還」「北方領土2島返還」を話し合いで解決しようという〝絵にかいた餅〟の話ばかりしてきた。

 今回のウクライナ侵攻という現実を突きつけられても、自分らの非や政治感覚の欠如を認めようとしない。

 「おまえら、アホか」といいたくなる、どうしようもない連中ばかりだ

 

 ロシア人のやり口は、中国と同じ。自国の論理だけで、どんどん領土を広げようとしている。

 北朝鮮は、そのまねをしているにすぎない。

 竹島では、韓国までその〝まねのまね〟をしている。

 

ロシア黙らすにゃ原爆保有! これに限る

 ロシアという国には、「信用できない国民性」というか「領土拡張政治癖ないしは軍事癖」が潜在的にあることは、過去の歴史が明白に物語っている。

 太平洋戦争では、日ソ中立条約を勝手に破棄して満州になだれ込み、殺戮、略奪、強姦、シベリア収容所送りなどやりたい放題だった。

 高齢者たちは、メディアで報道されるウクライナ侵略のニュースに接するたびに、ロシアが日本人にした暴虐非道が頭に思い浮かべる。

 彼らは、第二次世界大戦が終わってからも、同じようなことを続け、クリミア半島を自国領とし、今また同じようなやり方でウクライナを併合しようとしてきた。

 彼らがそうする理由を説明するのに一番説得力があるキーワードは何かといえば、「国民性」「民族の血」ではなかろうか。

 そういう国に対して、原爆という脅しの道具のない日本が、「北方四島を返せ」といくらいったって聞く耳を持つものか。力による攻撃で脅さない限り、ロシア人は聞き入れようとしない。

 ウクライナ侵略を見て、ようやくそのことに気づいた日本国民は多いが、そう思わせたのは、安倍晋三をはじめとする歴代首相どもだ。 

 北方領土を返してもらうには、交渉話など無意味。攻め込んで勝手に占拠すればいい、それにまさる策はないのだ。

 韓国なら、竹島も同様。勝手に設置された慰安婦像なんか、勝手に撤去してしまえば済む話じゃないか。

 「遺憾だ」「遺憾だ」「強く抗議する」と、何十年バカなコメントを繰り返しているのか。

そういう愚言愚行をやっている限り、ロシアも中国も北朝鮮も、そして〝オマケ〟の韓国のやりたい放題、いいたい放題だ。

 

日本の弱腰外交は原爆がないから

 日本の弱腰外交は、原爆を保有しないことに原因がある。

 日本の軍備が同じ敗戦国のドイツに比べて後れを取ったのは、日本の再軍備を恐れたアメリカの失政に端を発している。

 今日、日本がIT 先進国のトップになれないのは、そのことと大きく関連している。

 日本の航空機製造を禁じるなどしたために、その分野で日本は大きく後れを取った。

 軍需産業が進んだ国では、それらの技術が民生品に活かされる。インターネットが軍事利用から始まっているのが、その最たる例だ。

 

 日本国内から日本人が拉致されて黙っている国がどこにある! 非力・軟弱となめられているから、返そうとしない。

 ロシアのように、「拉致被害者を返せ」といって、富山あたりから北朝鮮の沿岸海域あたりめがけてICBMの1発、2発くらい、発射実験をすれば、きちんと交渉のテーブルにつくのではないか。

 平和利用という名目で原爆を保有していたら、ロシアも中国も北朝鮮も、そしてオマケの韓国も、もっと違った態度をみせていたろう。

 すべての弱腰の根源は「原爆不保持」にある。

 日本が原爆を持っても、使うことはないと日本国民は誰もが思っているし、使わせることもない。

 ならば、持てばいいのだ。

 ウクライナが原発を持っていたら、ロシアが攻め込んだかどうか。その答えは、子どもでもわかる。

 

軍需製品(ステルス戦闘機・軍艦・レーダーなど)の製造不可が東芝・日立をガタガタにした

 東芝や日立のような重工業部門を持つ日本企業がアップアップするようになった大きな原因の一つは、戦闘機、レーダー、潜水艦などの軍需製品の研究開発を禁止されたからだ。

 コンピュータの発達も軍需使用を抜きにしては考えられない。

 国家の軍需機密に関わる先端技術がパソコンに適用され、マイクロソフト、アップルなどが世界シェアを独占した。

 「目覚めよ、日本!」と声を大にしていったところで、いまさら遅すぎるし、いまさら核保有へとカジは切れない。

 そういう国にしてしまったのは、きれいごとばかり並べてきたバカ政治家、口達者な経営者どもの責任だ。

 

日本の経済成長を阻害している致命的な構造欠陥は何か

 日本企業がおかしくなったのは、政治家どもがそういう図式を的確に読めず、日本の国家的な未来展望路線を描けなかったからだ。

 20年も30年も賃金が上がらなかった先進国がどこにある。その一方で、限られた者への富の集中は、金をばらまくIT長者を生んだ。

 政治家、官僚、日銀の連中、経済学者らが、「日本の経済発展を阻害している致命的な構造欠陥が何か」を究明しようとしなかったから、そうなったのだ。

 その間、目端のきく若い連中が、アメリカのIT革命に目をつけ、ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスらのIT覇者のまねをして日本の新興財閥としてのし上がってきただけだ。

 日本に「デジタル庁」が出来たのは去年のこと。日本のIT覇者らは私利私欲に走るだけだったことが、そのことからもわかる。

 大金を見せびらかして月旅行に行くなど、百害あって一利もない。そんな余裕があるなら、日本再生のために使え!

 

 そういうバカどもをもてはやし、増長させているのが、バカ国民。

 IT長者の言動は、古来の日本人の美徳である「額に汗して働く地道な努力」に水を差し続けている。

 そういった例に象徴されるように、今日、日本人の特性である〝世界に冠たる勤勉性〟は封じられ、古来の優位性である改良・改善性なども発揮できない体制になっている。

 もう一度、ゼロベースに立ち返って、日本経済の成長過程を見直せ!

 そして、日本人の何がかつての高成長を可能にしたのか、あるいは、日本人の何が、どこが、ダメで、今の体たらくな日本になったのか、〝眠れる日本民族のチカラ〟を目覚めさせるにはどういう手を打てばいいのか。

 そうした諸問題を、政治家、官僚は無論のこと、財界の連中たちも、知恵を絞って考え、実現可能な新たな復活案を提示せよ!

 

孫正義、三木谷浩史らIT長者は、私欲を捨てて国に尽くせ

 異本のIT化がここまで遅れていると国民が気づいたのは、20121年にデジタル庁を新設すると聞いたときだろう。

 日本は、どれだけ遅れているのか。

 ソフトバンクの孫正義や楽天の三木谷浩史らは、なぜもっと早くそういう働きかけを国にしなかったのか。

 自分の儲けを最優先していたからではないのか。

 

 もう金は要らないだろう。私利私欲を捨てて、もっと「日本再建」「日本復活」「国力強化」に尽くせ!

「もうやっている」というなかれ。

 自社が大きくなって経営に余裕が出てきたから、あれこれ国民のための政治にも触れるようになってはいるが、遅すぎる。

 誰もの目に見える形、数字で示さない限り、やっているとはわせない。

 

 今日のところは、これくらいで――。

【以下、拙著・拙訳書】

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 Photo_20220605061102Photo_20220605061101 Photo_20220605061701(城島明彦) 

2022/06/01

副反応は1回目より2回目が強くなると厚労省HP「新型コロナワクチンの副反応について」にあるが、3回目・4回目はどうなん?

「接種後に起こる可能性のある症状(副反応)について」として、こんなことが書いてある。

 

「具体的には、注射した部分の痛み、発熱、倦怠感、頭痛、筋肉や関節の痛み、寒気、下痢等の症状です。こうした症状の大部分は、接種の翌日をピークに発現することが多いですが、数日以内に回復していきます。」 

「また、ワクチン接種から数日~1週間くらい経過した後に、接種した腕のかゆみや痛み、腫れや熱感、赤みが出てくることがあります。」

 

「また、1回目の接種後よりも2回目の接種後の方が、こうした副反応の発現する頻度が高くなる傾向も確認されています。それは、1回目の接種により、体内で新型コロナウイルスに対する免疫ができることによって、2回目の接種時には、1回目より強い免疫応答が起こり、発熱や倦怠感などの症状がより出やすくなるためです。」

 

 ということは、3回目、4回目を注射したら、副反応がもっともっと出やすくなるってことじゃあ~りませんか?

 5回目はどうなん? 6回目は? と続いて7回忌はやめとくれ。

 

 体力のない高齢者ほど、副反応は強くなり、回復が長引くのは自明の理ですわな。

 ――ってなわけで、あっちの爺さん、こっちの婆さんは、これまで〝三度めの正直〟を恐れておりやした。

 統計データは出てませんの?

 出てないのであれば、厚労省に功労賞はあげません

 

 オイラの場合は、小学6年生のときには健康優良児の学校代表だったが、虚弱体質的なところがあって、若い頃から体調の好不調が激しく、コロナワクチンの接種では、1回目も2回目も副反応はなく、「ワクチン接種なんて屁みたいなもんだ」とタカをくくっておったのでございます。

 ところがどっこい、3回目の接種後、思いもよらぬ「頭痛」やら「倦怠感」に襲われ、それがなかなかおさまらず、仕事の能率が藤原定家じゃなかった、ぐんと低下! 怒りの矛先は厚労省へと向けられたのであったわいな。

 ブログを書く気力もうせ、今日確認したら、1カ月以上も更新してねぇでねぇか。

 

 厚労省は、3回目、4回目、5回目の副反応には触れていないが、どうなんだ?

 

 ♪ 勝ってくるぞと 勇ましく

  誓って国を 出たからは

 の軍歌じゃないが、

  ♪ 打ってくるぞと 勇ましく

   誓って家(うち)を 出たからは

 と鼻歌のひとつも出たもんだが、結果は上記のごとし。

 

 ♪ あゝ あゝ あゝ あゝ やんなっちゃった

  あゝ あゝ あゝ あゝ おどろいた

 てなわけでした。

(城島明彦)

2022/04/24

元東宝専務・平尾辰夫さん、受けた恩を返せなかったことをお詫びし、ご冥福をお祈り申し上げます

故・小松雅雄先生のゼミの大先輩&東宝入社時の保証人だった平尾さんの思い出

 

 平尾さんの義父は、木下保(日本のクラシック音楽界の巨匠)

 奥さんは、俳優座養成所出身(10期)・青年座で活躍した元女優木下育子さん。

 

 ネットで平尾さん逝去の記事が報じられたのは418日の早朝だった。

 「平尾辰夫氏死去 元東宝専務」(共同通信)

 「元東宝専務・平尾辰夫さん死去 『レ・ミゼ』『ミス・サイゴン』日本初演に尽力」(オリコン・ニュース)

 「東宝元専務・平尾辰夫氏死去 演劇担当として『レ・ミゼラブル』日本初演実現に尽力」(サンスポ)

 「名作演劇の礎築く 東宝平尾辰夫さん93歳で死去」(スポーツ報知)

 

 東宝が伝えた訃報をほとんどそのまま各紙が書いた伝えた詳細は、ほぼ同じ内容なので、スポーツ報知の記事を引用する。

【 東宝は17日、同社元専務取締役演劇担当の平尾辰夫さんが13日午後923分、脳出血のため死去したと発表した。93歳だった。葬儀は近親者のみで執り行い、妻の育子さんが喪主を務めた。平尾さんは1955年に入社、87年「レ・ミゼラブル」、9293年「ミス・サイゴン」の日本初演(東宝製作、帝国劇場)実現に向けて尽力。両作品のオリジナル・プロダクションのサー・キャメロン・マッキントッシュと信頼関係を築き、現在に至る長期公演の礎とした。77年演劇部長、83年取締役、88年常務取締役、92年専務取締役と長く演劇畑で活躍した。同社は、「ご生前のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します」とコメントした。 】

 

 私が平尾さんと初めて会ったのは、早稲田大学の政経学部の学生だったときだった。当時の平尾さんの肩書は、東宝の演劇課長で、部長は横山という人だった。

 その頃の東宝の演劇部門のトップは、菊田一夫だった。菊田は、放送時間になると銭湯がガラガラになったといわれているNHKの連続ラジオドラマ「君の名は」(1952~1954年)を書いて一躍その名が全国津々浦々に轟いた超有名人である。

 平尾さんが菊田一夫を「うし(大人)」と呼んでおられたことも印象深い。

 

  「このミュージカルは観ときなさい」といって、帝国劇場の入場券を渡された。

 帝劇でやっていたミュージカルは、市川染五郎(⇒松本幸四郎⇒白鸚)がドン・キホーテに扮した『ラ・マンチャの男』だった。

 上演が開始されて、ほどない頃だったように思う。

 ドン・キホーテが「姫」と信じ込む宿屋の娘「アルドンサ」は草笛光子、浜木綿子、西尾恵美子が交代で演じたが、浜木綿子は〝カマキリ先生〟こと香川照之のお母さんだ。

 

 ——遠い遠い昔の話。就職するに際し、私は、普通のサラリーマンではなく、「自己表現できる仕事」をしたいと考えていた。

 「どこかのテレビ局に入って、ドラマの演出家になりたい」という私の希望を聞いたゼミの先生(「経済政策」の小松雅雄教授)に伝えると、唖然とした顔で「なにをバカなことをいっている。やめなさい」といわれた。

 

 小松ゼミは、当時の早稲田大学政経学部では、伊達邦春教授(伊達政宗の子孫)と並んでトップクラスの成績の者が集まるゼミとして知られており、就職先は基幹産業・都市銀行・商社という暗黙のルールのようなものが出来ていたから、先生が驚くのも当然だった。

 

 しかし私は強情を張り、撤回しなかったので、先生は「報道関係はどうか。私のゼミの先輩で、今、フジテレビの報道部長をしている大和寛君がいるから、彼に相談するするように」といって、ご自身で電話されたらしい。

 あとでわかったことだが、先生は、大和さんに芸能部門は断念させるように説得してほしいと頼んでいた。

 大和さんに連絡し、「ドラマの演出をやりたい」との希望を伝えると、ドラマの演出をやっていた社員ともう一人、「三匹の侍」で名を上げたフジテレビの演出家で、映画にも進出していたていた五社英雄に会わせてもらえるという話だった。

 

 ところが、フジテレビ(当時、河田町にあった)を訪ねると、五社英雄は現れず、ドラマの演出家としては失敗して、別の部門に異動した人物がやってきて、「演出家なんか目指さない方がよい」と、こんこんと諭したのである。

 何のことはない、「演出家になったら失敗する。俺のところの報道局へ来た方がいい」という話だったのだが、その場で人事部の人に引き合わせてもらうと、「今年たくさん採用したので、来年の採用はゼロの予定」といわれた。

 

 そんな経緯があって、私は映画監督志望へと考えを改めた。

 小松先生は困り果て、「どうしてもというなら、東宝の平尾君に会って相談するように、私から連絡しておく」といった。

 有楽町の芸術座があるビルが東宝の本社で、そこへ平尾さんを訪ねると、2人差し向かいで話せるスペースしかない狭い応接室に招かれ、

 「世田谷区の砧(きぬた)にある東宝撮影所の方で、不定期に助監督を3人募集するそうだ。もし受かったら、大学を中退することになるが、それでもいいか」

 といわれた。

 要するに、中途採用である。確か試験日は6月だったように思うが、間違っているかもしれない。

 

 しかし、私は受験を申し込んだだけで、当日は行かなかった。

 その理由は、余人にはおそらく理解できないに違いない。

 大学中退というのも、引っかかってはいたが、決定的な理由ではなかった。

 試験日が迫ったある日、黒澤明の「七人の侍」をやっている映画館があったので見に行ったところ、その凄い演出力を見て圧倒され、「自分には、こんな演出ができる才能はない。監督など無理だ」と脅えたのである。

 映画の右も左もわからない世間知らずの若造が、世界の黒澤明と才能を比べるなど、見当違いもいいところだが、今思うと、それが若さという者だった。

 

 ところが、である。

 日が経つにつれて、困ったことに、またぞろ、映画を演出してみたいという愚かな考えが頭をもたげてきたのだ。

  「喉元過ぎれば、熱さ忘れる」ってやつだ。

 で、恥も臆面もなく、のこのこと平尾さんに相談に行くと、ふところが深い平尾さんは、文句ひとついうでもなく、ただ笑顔を浮かべて、

  「それなら入社試験を受けて本社社員となり、助監督として配属されるようにすればいい」

 といわれた。

 平尾さんには黒澤映画の一件は黙っていた。

 平尾さんが「君は、僕のところ(演劇部)に来て演劇をやる気はないか」「映画をつくるといっても、君は監督になりたいのか、プロデューサーになりたいのか」と尋ねられたので、私は「監督になりたい」と答えた。

 

 今、考えると、私は「どちらかといえば、映画監督向きではなく、いろんな企画を考えたりキャスティングをしたりするプロデューサーとか、脚本家の方が性に合っていた」ように思う。

 若い頃は勢いだけで突っ走る傾向がある。私自身を振り返ると、まさにそうだった。

 

 ――そんな経緯があって、私は東宝に入社し、首尾よく、映画助監督として撮影所に配属されたのだ。

 東宝に入社するには、保証人が求められる。「来なかったのは軍艦だけ」といわれた労働争議に懲りたからで、その労働争議では鎮圧するために戦車までやってきたのだ。

 

 「平尾さんが保証人になってくださった」と私は思っていたのだが、あとでわかったのは、平尾さんと同期入社の映画監督森谷司郎さん、当時の撮影所の製作部長の滝沢昌夫さんにも声をかけてもらっていて、この豪華絢爛たる3人を保証人欄に記入して平尾さんは会社に届け出たのだった。

 

 いつ頃のことかは記憶が薄れてしまっているが、平尾さんから「遊びにおいで」と声を掛けられて、ご自宅を訪ね、奥さんの手料理をごちそうになったことがある。

 平尾さんは晩婚(当時41、42歳か)で、結婚して間がない頃のような印象が残っているが、小田急線の鶴川にあった団地に元女優の育子さんと住んでおられた。

 それから半世紀も経った今でもはっきり覚えていて思い出すたびに赤面するのは、何か気の利いたことをいわなければと焦った私は、いうに事欠いて、育子さんに、

 「幸せですか」

 と尋ねてしまったのだ。

 私より7つ年上の育子さんは、少し照れたような、ちょっぴりあきれ顔で、何も返事しなかった。「この子、いうに事欠いて何をいうのよ」とでも思ったに違いない。

 

 育子さんは、成城学園で学び、俳優座養成所(俳優座演劇研究所付属養成所/1949~1967年)10期生となり、その後、青年座の女優となった。俳優座養成所の出身者は、男優では、仲代達矢、宇津井健、平幹二郎、田中邦衛ら、女優では岩崎加根子、河内桃子、市原悦子、渡辺美佐子、栗原小巻ら、演劇に限らず、映画、テレビでも活躍した人を数え挙げればきりがない。

 

 育子さんの旧姓は「木下」。木下保の次女で、長姉の坂上昌子さんは声楽家、妹の三女増山歌子さんはピアニストという〝華麗なる一族〟だが、音楽関係者以外の人は知らないだろうが、父親の木下保は桁外れにすごい。すごすぎる人だった。

 育子さんのお父さん木下保(1903〈明治36〉年)6月14日~1962〈昭和57〉年11月11日)は〝音楽界の超巨人〟で、ウィキペディアの文章を引用すると、こんな具合である。

 

 「声楽家(テノール)、音楽教育者、指揮者合唱指揮者、オペラ歌手、音楽評論家、作曲家・編曲家。日本の洋楽の黎明期を代表する音楽家として多大な功績を残した」「1928(昭和3)3月東京音楽学校(現東京芸大)研究科修了、1933(昭和8)年4月ドイツ国立ベルリン音楽大学(現ベルリン芸術大学)に留学」云々。

 

 東京芸大教授を務めたバリトン歌手の中山悌一(ていいち/1920~2009年)は、木下保に師事しているが、同じ東京芸大で学び、テノール歌手だったソニーの元社長・元会長の大賀典雄(19302011年)は中山悌一に師事しているので、大賀は木下保の孫弟子という関係になる。大賀もベルリン音楽大学(現ベルリン芸術大学)へ留学している。

 

 平尾さんは、前述したように、ふところの深い方で、私が東宝をやめてソニーに移るときでも嫌みの一つさえいわれなかった。

 助監督をやめたときは、本社の人事に話すと「企画部はどうか」と打診されたが、固辞し、東宝を退社し、ソニーの宣伝部に移ったのだった。

 今思うと、平尾さんのいた演劇部に移る手もなくはなかった。遠い昔の「たられば話」である。

 

 その後、平尾さんとは、小松雅雄ゼミ全体の集まりで何回かお会いし、そのつど雑談を交わしたが、いつもニコニコされていたという印象が強い。近い将来、あの世で平尾さんと会って話すことが出来たなら、私はこう申し上げたいと思う。

  「映画はつくるよりも観る方が、私には向いています」

  「助監督をやめた後は、ソニーに移らず、平尾さんの部下になって演劇部門という新しい可能性にチャレンジするという道もあったかもしれません」

 おだやかで、おおらかな才人で、それこそまさに大人(うし)だった平尾辰夫さん、ご冥福をお祈り申し上げます。

(城島明彦)

 

2022/04/15

ロッテの佐々木朗希は13Kの完全試合で、NYの小室圭は弁2K(2度空振り)の弁護士資格試験だとさ

小室圭のイニシャルはKK。その通りの結果になっただけですがな。

 

 「眞子さんは、民間人になったとはいえ、どこまで皇室のイメージを悪くするんだか。困ったもんですな」

 と憎まれ口の一つも叩きなくなってくるってもんだ。

 亭主は、もっと奮起せんかい!

(城島明彦)

2022/04/12

なぜ攻めない? ウクライナの悲惨さが〝専守防衛は幻影〟という貴重な教訓を教えてくれる!

ICBMを7~8発、クレムリン宮殿めがけてドカーンとお見舞いすれば、戦況を一変できるのに!

 

 侵略され放題! 建物壊され放題! 民間人虐殺され放題! 

 ウクライナが気の毒すぎる! 

 迎撃ミサイルを発射するといったって、飛んできたICBM100%撃墜できるわけじゃない。失敗すれば、目を覆いたくなる被害が生じるではないか。

 

 ロシアの艦隊が列をなして津軽海峡を通り抜けても、「遺憾だ」ってか。

 4島一括返還交渉だの、2島返還交渉に切り替えるだのと、日本の歴代総理は、ロシア相手に、一体、何をやってきたのか?

 

〝軍事音痴の国〟平和ボケ、日本!

 北朝鮮が放ったICBMが排他的経済水域に落ちても、「遺憾です」ってか。

 中国の航空機が竹島領空を侵犯しても、「抗議する」ってか。

 丸腰で、口で抗議して聞く相手か?

 拉致された国民すら取り返せない腰抜け日本じゃないか。

 

 ロシアがどういう国か、わかりすぎるほどわかっているのに、何が「北方領土返還交渉」だ!

 「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄して満州に攻め入り、大勢の日本兵を捕まえてシベリア収容所送りにして、重労働を課し、大勢殺した第二次大戦の教訓を、忘れたのか!

 日露戦争の原因は、ロシアの南下政策にあったことを、忘れたのか!

 

 そういうことを見てきたから、北朝鮮は「核保有国」を目指したのだ! 

 ロシアは、核使用・化学兵器使用をちらつかせて、世界を威嚇している!

 中国は、来たるべき〝台湾侵略Xデー〟構想実現に向けて、ロシアの今回のウクライナ侵攻から多くを学んだはずだ。

 これが現実なのだ。

 

 ウクライナのシビアな現実を見て、日本の防衛力をもっと強化しないと、日本は滅んでしまうぞ。 

 ロシアや中国に攻められたら、日本は〝第二のウクライナ〟になってしまう!

 日本の政治家は、何をやっている!

 大和魂は、どこへ行った!?

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(城島明彦)

2022/04/04

コロナの〝ワクチン接種後遺症〟に気をつけて!  3回目接種から1カ月過ぎても頭痛・体調不良が治らない

恐ろしいのは、「コロナ罹患後の後遺症」だけじゃない! 〝ワクチン接種後遺症〟だって不気味なのだ!

 

 1回目・2回目は何ともなかったのに、3回目の接種直後から、〝それまでの75年のわが人生ではまず感じなかった種類の頭痛〟が起こるようになったのみならず、体調もすぐれず、パソコンに向かう時間がほとんどなくなり、一日のほとんどを寝て過ごすようになった。

 食事は宅配で済ますことが多くなり、体調のよいときに、たま買い物に出かけたが、そうすると、帰宅後、決まってシンドイ状態になった。

 4度目の接種がどうのこうのといわれ始めているが、国は、接種者の数を増やすことのみに力を入れず、こういう異変が起きていることをもっときちんと調べ、どれだけの人が〝ワクチン接種後遺症〟なるものに罹患しているか、何が原因でそうなるのかといったことを、細かいデータを示して、ちゃんと国民に告知すべきではないか。

(城島明彦) 

2022/03/20

NHKがいまだに流し続けている「花は咲く」は、もうやめてもらいたい! 「復興支援歌」というが、嫌な思い出が蘇るだけではないのか?

NHKの大罪! 「花は咲く」のメロディーがテレビから流れると、そのつど、大津波にのまれたあの日の出来事や福島原発の惨状が脳裏に蘇って、胸が苦しくなる人は少なくない

 

 「応援歌」というと、「マーチ」を連想し、〝元気が出る歌〟と誰もが思うだろう。

 「花は咲く」は、東日本大震災の被災者への支援歌=応援歌としてつくられたが、応援歌とは呼べない静かな曲で、美しい曲ではあるが、繰り返し聞かされると、暗い気持ちにさせられる。

 そうなるのは自分だけなのか。

 そんな曲を、NHKはどうして流し続けてきたのか。

 福島の被災者で、故郷に戻りたくても戻れない人々のなかには、帰れば、思いだしたくない出来事を毎日毎日思いださなければならなくなる。 

 そのことへの恐怖心から、土地の浄化が済んで帰れるようになっても二の足を踏み、新天地に住み続けている人もたくさんいるはずだ。

 「花は咲く」は、そういう人の気持ちを逆なでする効果もあることをNHKは無視してはいないか。

  近年、「被災者に寄り添う」とか「弱者に寄り添う」という表現がしばしば用いられるようになったが、口先だけになってはいないか。「花は咲く」の曲をNHKが流すのを耳にするたび、そう思ってしまう。

  福島・宮城などの被災地は、東日本大震災以後も、何度も大きな地震に見舞われてきたが、そのつど、被災者たちの脳裏には、恐ろしかったあの日の出来事が蘇ったのではないだろうか。

 「花は咲く」には、トラウマを呼び覚ます悪魔の曲の一面も持っているということを、どうしてNHKは考えようとしないのか。

 被災から日が経てば経つほど、もっと明るく元気が出るような別の曲をつくって、応援するという気持ちに、どうしてなれないのか。

 

 「人間の脳には、嫌な出来事は思いださないようにするしくみがある」ということは、よく知られたことだ。

 思いだしたくない出来事は人によって異なるが、それぞれの身辺にいた人がたくさん死んだ戦争とか疫病は、よほど変わった人間以外は、誰にも共通する「嫌な思い出」である。

 歳月の流れにも、記憶を薄れさせる効果があり、嫌な思い出は次第に自然と浄化されていく。

 思いだしたくない出来事や事件は、その2つの効果で、だんだん希薄になっていく。

 だから人は、深い傷を負っても、立ち直ることができるのだ。

 嫌な思い出を忘れ去ることで、人はまた新しい道へ挑戦し続ける勇気が湧いてくるのだ。

 そう考えると、震災直後から今に至るまで、繰り返し繰り返し流し続けてきた「花は咲く」は、震災に遭った嫌な思い出を忘れようとする気持ちにブレーキを掛ける働きもあり、悪夢の記憶を強制的に蘇らせているという見方もできるのである。

 

 日本は太平洋戦争で負けて、数えきれないくらいの人が戦死し、「戦争はもう懲りごり」と誰もが思ったはずなのに、戦後5年、10年と経つと、軍艦マーチをはじめとする「軍歌」がラジオで流れるようになったり、小学校や中学校の運動会でも使われるようにもなった。

 地方都市で育った団塊世代以上の人はよく覚えている戦後復興期の光景だろうが、人通りの多い駅前や公園あたりで、戦争で体が不自由になった白装束姿の傷痍軍人がアコーデオンをひきながら恵みを乞うていた。

 地方都市だけでなく、東京でも1973(昭和48)年頃まで、渋谷のハチ公前広場にそういう姿が見られた。

 そうした光景を戦争を知らずに育った若者たちは、奇異な目で見ていた。

 私は、「復興支援歌」の名のもとに、東日本大震災から11年間も「花は咲く」を流し続けるNHKの神経を疑い、渋谷駅前でアコーデオンで軍歌をひいて投げ銭を稼いでいた白装束の傷痍軍人の姿がNHKに重なるのである。

 1965(昭和40)年に坂本九が歌ってヒットした「涙くんさよなら」の歌詞のようには、いかないのか。

 1年に1回、3月11日を偲ぶその日に流すだけでいいのではないのか。

  ♪ 涙くんさよなら また会う日まで

(城島明彦)

 

 

2022/03/19

『方丈記』を読まずして、大震災を、コロナ禍を語ることなかれ!

この世には、神も仏もないのか!?

 東日本大震災から11年後にまた揺れに揺れたM7・4の恐怖

 いつ果てるとも予測がつかないコロナ禍

 何の罪もない人が次々と死んでいくロシアによるウクライナ侵攻……

 

 歴史は繰り返す。

 世界初の災害文学『方丈記』に生々しく描かれたM7・4の大震災、大火、飢饉、疫病による死の記録。

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 △3月20日新発売 ※クリックすると拡大できます

 ▼城島明彦の既刊本 テーマ「生と死ーー人は、いかに生きるべきか」

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(城島明彦)

 

 

 

 

 

 

2022/03/17

マグニチュード7・4! 関東大震災かと思った昨晩(3月17日)の激震は、平安京の人口の半数近くが死んだ「元暦(げんりゃく)の大地震」と同じだった!

阪神・淡路大震災の7・2を超えるマグニチュード7・4の「元暦(げんりゃく)の大地震」は1185年7月9日に起きたが、その少し前に源平の最終戦争(壇ノ浦の戦い)があり、昨晩の震災は今日のロシアのウクライナ侵攻で勃発した戦争を想起させる!

 

 アルバイトかも知れないヤブ医者の手による「3度目のコロナワクチン接種」を受けて以来、体調が悪く、ベッドで過ごす日が多くなった。皆さんも、ご注意あれ!

 そんなわけで、ベッドにひっくり返って、アマゾンのPrime Videoで古い映画を観ていたら、1140分頃、いきなりぐらぐらっと来た。

 横浜市内の端の方に住んでいるが、東日本大震災のときと同じくらいの激しい揺れが長く続いたので、「とうとう関東大震災がやってきたのか」と思ったほどだった。

 

 テレビ画面に切り替えると、震源地は東北地方で震度は6強とわかったが、東日本大震災から11年後にまた福島や宮城が被災したと知って、暗鬱な気持ちになった。

 驚いたのは、マグニチュード74という数字である。私が現代語訳した鴨長明の『方丈記』には、1185年に平安京を襲った「元暦の大地震」(元暦2年7月9日)のことが詳しく書かれているが、その地震のマグニチュードは、今日74と推定されているのだ。

 その同じMの大地震が、拙訳本の『方丈記』が発売される時期に起きたということも驚きだった。私は普通の人より霊感が強く、単なる偶然の一致を超えているように思えてならない。

 

 7・4という数字は、東日本大震災の90よりは小さいが、阪神・淡路大震災(1995117日)の72より大きく、4万2千人もの死者を出した。平安京の当時の人口は約10万人だったから、半分近い人が命を奪われたことになる。

 鴨長明は『方丈記』に、「その様、世の常ならず」として、次のように書いている。拙訳『超訳版 方丈記』より引用しよう。

「山は崩れて川を埋め、海は激しく水嵩を増して逆巻き、陸地を浸した。大地は裂けて水を噴き出し、岩は割れて谷へと転がり落ちた。浜辺近くの海を行く船は木(こ)端(ぱ)のように波(なみ)間(ま)に漂い、道を行く馬という馬は足の踏み場を失って、いなないた。都の神社仏閣は、あるものは崩れ、あるものは倒れ、無傷だったものはなかった。」

 

 元暦と令和には、大地震以外に「戦争」という共通点もある。

 ロシアは224日にウクライナに侵攻して戦争を始めた。

 一方、元暦の時代には、大地震から3カ月半ばかり前に壇ノ浦で源氏と平家の最終戦「壇ノ浦の合戦」が行われている。平家を倒した源氏の棟梁頼朝は鎌倉幕府を開き、明治維新まで続く封建時代の幕が開くのだ。NHKが大河ドラマで、「視聴率が稼げない」とわかっている「鎌倉時代物」を取り上げたのは単なる偶然なのか。それとも、何か見えない力が働いているのだろうか。

 Photo_20220317163501 ※画像は拡大できます

(城島明彦)

2022/02/23

コロナワクチン接種3回目で2日間寝込み、4日過ぎてもまだ調子が悪い。1回目も2回目も、ほとんど副反応なかったのに、なぜ?

1日2000万円超も荒稼ぎする医院の、〝不愛想な医師〟の乱暴な接種が原因ではないか、と真剣に考えた

 

 オイラがコロナの3回目接種番号のついた通知書を受領したのは、2回目の接種日から7カ月と1週間後。

 「ちと遅くはないかい?」

 そのとき感じたのは、もっと早目に着くようにすべきだということ。

 

 1回目2回目の接種を受けた個人医院に電話して申し込もうとすると、今回は一括して受け付けているので、そちらを通して申し込んでほしいといわれた。

 

 だが、一括して受け付けるところの電話は、込んでいて、話中。

 40分ぐらい、切ってはかけ、かけてはキルを繰り返すこと40分。ようやくつながったが、1回目2回目の接種を受けた医院の予約はすでに満杯。

 その他の医院の近場の病院も、早い時期の予約はすでに全部埋まっており、一か月後なら予約できるとのこと。

  「バカこくでねぇ。そげなことしたら、接種から8カ月になっちまうじゃにゃあか」

 と、ぼやきつつ、

  「なら、別の医院に」

 と告げ、少し離れたところへ申し込んだ。

 バス・電車・地下鉄を乗り継ぐので、家を出てからカウントすると早くて40分くらいのところだ。

 当日は午後345分の予約なので、早めにと思い、3時半には医院に着いた。

 新横浜駅前の整形外科・リウマチ科がある医院だが、着いてみると、表に予約なしでOKと書いてある。

  「ええけげんにせんかい!」

 とぼやきつつ、ビル内に入り、2回の会場に行き、順番待ち部屋の椅子に座る。

 

 不安げな顔をしたジジババが何人も椅子に掛けて順番を待っているが、誰も話はしない。

 オイラの頭に石川さゆりの顔が浮かび、続いて演歌「津軽海峡冬景色」が流れた。

  ♪ 北へ帰る人の群れは 誰も無口で

   海鳴りだけを 聞いている ってか

 そこにいた関係者に尋ねてわかったことだが、そこでは11000人から多い日には3000人に接種しているという。

 そう聞いて、オイラの頭の片隅にイヤ~な予感がした。

 テレビのニュースでは、1000人接種しているところが東京都で一番多いといっていたから、3000人が本当だとすると関東一ではないのか。

 

 そのとき思ったのは、「早ければいいってもんじゃない」ということ。

 どこに注射してもよいのなら、針の深さもどうでもよいのなら、(医師の資格云々という問題はあるにしろ、こういう非常時だ)講習をしたうえで、誰が注射してもいいってことになるわな。

 

 名前が呼ばれ、よぼよぼの婆さんに続いて階を移動。

 今度は4階だった。医師のいる接種場所の手前の控室だ。

 そこでオイラは、関係者に説教した。

 「このオーバーの下は、半そでのYシャツだよ。接種のスピードを上げるために、そうしてきた。『衣服を脱ぐのに手間取らない半袖着用のこと』と周知徹底すべきじゃないのか」

 

 注射を受けるべく、医師の前の椅子に座ったとき、なんとなく不吉な予感がした。

 その不安は的中した。注射が始まって終わるまで、医者は一切無言だ。

 顔つきは不機嫌そのもの。

 「疲れているのだろうが、てめえら、仕事だろ。それで給料もらっているんなら、もうちょっと愛想よくせんかい」

 と、言いかけた言葉をオイラはぐっと飲み込んだ。

 並んでから終了までは20分程度。こちらはかなり早いとは思うが、衣服の着脱時間を考えたら、11分短縮出来たら、1分×3000人=3000分=5時間の短縮になる。

 1本の注射で、国から、この医院に支払われる金は7000円だ。

 てぇことは、7000円×1000~3000(人)=700万~2100万円/日 にもなるじゃねえか。

 こんなボロイ商売はねぇぜ。医は仁術どころか、医は算術そのものだぜ。

 いくらで雇われたかは知らないが、ぶすっとしてねぇで、ちったァ、愛想よくしねぇか。

 

 その医師、愛想が悪いだけではなかった。

 オイラのこれまでの人生で、かつてされたことのない、ほとんど肩というべきあたり、骨から1センチくらいしか離れていないところに注射針をブスリと突き立てられていたのだ。

 肩の骨に近すぎる! この注射位置は、おかしいのではないか。

 そう思ったのは、家に帰って、熱が出てからだった。

 上腕部ならどこに注射しても構わないということではなかろう。注射針の深さだって、針が全部腕に吸い込まれるまでやればいいってものでもないだろう。

 テレビのニュース番組などでは、コロナ接種を受けている人の姿が繰り返し映されるが、その映像で見る限り、大人も子どもも肩から5~7センチくらい離れた個所への腕だ、と今回、初めて気がついた。

 ネットで調べたところ、注射を打った位置が、肩峰から横指2~3本下、あるいは脇の下の切れ目のあたりの腕などと書いてあったが、このヤブ医者がオイラに注射した位置は肩峰から横指1本しか離れていない位置じゃねえか。

 腕というより、肩だ。腕が上がらなくなるわけだ。

 この若造医者、国家試験にちゃんと通っているのかどうか。通っているとしても、二度、三度と落ちて、なんとか合格になったのではないか、と思いたくなるような低レベルだ。

 1日100万人などという岸田首相の掛け声の陰で、バカ医者は、荒っぽい注射をして時間を短縮させている。それが実態だ。

 

 バカ医者のせいで、オイラの3回目接種後の症状は異常だった。その晩から熱が出て、解熱薬を飲み、丸2日間も寝込んだのだ。

 注射した腕の箇所が痛く、腕が上がらない。1回目も2回目も、そんなことはなく、症状はきわめて軽かったのに、3回目だけが重くなったのはなぜなのか。

 オイラが年老いて体力が弱ったから? うんにゃあ、そうじゃあるめぇ。

 オイラの頭に、あの無愛想で生意気そうな若い医者の顔が浮かんだ。

  あの偉そうなクソ野郎が、前回と違う場所に打ったのが原因じゃないのか?

 オイラは、熱っぽい頭で、ぼんやり考えた。

 医院の名は、新横浜整形外科リウマチ科

 オイラが当たった若い医者だけであることを祈るが、あそこの医者は人を人と思っちゃいねぇですぜ。

 ジジババの皆さん、気をつけましょう

 それから医師たちよ、不機嫌そうな顔で接種するな。

 注射を終えたら、笑わなくてもいいから、せめて、

 「お大事」

 の一言ぐらいえよ!  

 ※25日・27日に加筆 注射から丸1週間が過ぎた27日現在、まだ熱っぽい。

(城島明彦)

«カーリングのロコ・ソラーレに、「そだネ」が聞かれなくなったのは寂しい!