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自己紹介文

 このブログは、作家・ジャーナリストの城島明彦が書いている。

 プロフィールが2015年1月1日に書いたままになっていたので、書き換えることにした。

 出版不況下の昨今、物書きは、何でも書かざるを得ない厳しい状況になっているが、興味・関心がない分野のものは執筆しない。
 私が物書き専業になったのは1984年からで、以来、筆一本で細々とやってきた。その間、自分が書きたいと思ったものを中心に書いてきた。
 誰でもそうだが、興味を持つ対象は年齢とともに変わる。私が書きたいと思うテーマやジャンルも、やはり年齢とともに変わってきた。

 近年は、日本の古典の現代語訳に力を入れている。
 2012年が宮本武蔵の『五輪書』(ごりんのしょ)、2014年が吉田松陰『留魂録』、2015年が貝原益軒の『養生訓』と続き、2016年は石田梅岩の『都鄙(とひ)問答』である。いずれも到知出版社から出ている。
 『吉田松陰「留魂録」』は現代語訳は短く、吉田松陰について書いた文章の方が長く、全体の3分の2を占める。

 以前は、ビジネス書も多く書いたが、最近では『世界の大富豪 成功の法則』(プレジデント社/2015年12月23日発行)が新しい。
  
 企業の広報の危機管理については、2012年12月発売の『広報がダメだから社長が記者会見する!』がある。 雑誌「広報会議」(宣伝会議発行)に「危機管理広報」を2012年から40回にわたり連載した。
 
 私は1946年生まれで、年をとってきたこともあり、2014年春には『親の入院・介護のしくみと手続きがすぐわかる本』を友人と書いた。
 この本は、ケアマネージャーを中心にした介護関係者のためのわかりやすい本『ケアマネなら知っておきたい社会知識ナビ』(2012年3月初版・現在、増補改訂版が発売中)を書いているときに、必要だと考えたのがきっかけとなった。

 電子書籍に挑戦した時期もあり、(iPhone、iPad向けの)電子書籍アプリ『会議術の盲点』(2012年4月発売)なども書いた。

現代語訳では、明治時代の歌人・小説家だった伊藤左千夫の名作『野菊の墓』を小学高学年~中学生向けにわかりやすく現代語訳した本が理論社から2012年9月発売。これは全国の小中学校の図書館に置いてあるということだ。

 「小説は長いものを書け」といわれているが、体力が落ち、持続力がなくなってきたこともあり、短編・掌編をいっぱい書いて、1冊にした。短編小説集『怪奇がたり』(扶桑社文庫)、掌編小説集『恐怖がたり42夜』(扶桑社文庫)がそれだが、今は絶版扱い。ただし、電子書籍化されているので、読んでくれる人がいる。
 この2冊は怪奇小説で、中学時代の昼休みに図書館で夢中になって読んだ『怪談』の著者小泉八雲への傾倒に端を発している。いつか自分も書いてみたいという思いを形にしたというわけだ。私の怪奇小説は、ファンタジックな要素が強いということから、編集者に勧められて『横濱幻想奇譚』(ぶんか社文庫)というのも書いた。これは短編+中編だ。

 昨年、友人の映画監督が急逝した。2017年には私が原作を書き、それを彼が映画にしようと話し合っていた矢先のことで、未だにショックが尾を引いている。
 これは長編で、2017年にはぜひ完成させようと思っている。私には恋愛小説も何冊か書いており、三重県の鈴鹿を舞台にした『協奏曲 ~ラバーズ・コンチェルト~』(集英社文庫)、湯河原温泉の老舗旅館を舞台にした『夜想曲 ~カメリア・ノクターン~』(どちらも集英社文庫)、スペインを舞台にしたロエベのデザイナー志望の女性を描いた『恋歌 ~マドリガル~』(海越出版社)がある。

 前記以外にこれまで私が書いた本には、『裏・義経本』(主婦の友社)、『船と船乗りの物語』(生活情報センター)、『ソニー病』(共著・洋泉社)などもある。

 私が書いてきた本は、一見、テーマがばらばらのように見えるが、いずれも、自分のなかでは一本の線で結ばれている。

 義経は、作家になってほどなく担当編集者と話をしていて『平家物語』に関心を持って以来のテーマであり、船については、著者が生まれたのは「七里の渡し」があった三重県桑名市の実家で、育ったのが国際港のある四日市市というつながりである。好きな本だったが、出版社が倒産し、流通しなくなってしまった。
そしてソニーは、著者が11年弱勤めていた会社。

 モータースポーツの最高峰F1に魅せられて、スポーツ紙や専門誌に連載していた時期もある。F1への関心は、大学時代に生まれた。卒業直前に「週刊プレイボーイ」の読者特派員として南アグランプリを観戦しにヨハネスブルグまで行った体験に起因している。
 ホンダがぶっちぎりに強かった時代を描いた『ホンダ魂 ~F1制覇へ賭けた2000日~』(世界文化社)『F1の経済学』(日本評論社)という単行本を上梓したら、それ以降、私の中のF1熱が次第に冷めていった。「とことんやったら、卒業」というのが、私のスタンスである。

(略歴) ※一部、上記とだぶる。
 1970年早稲田大学政経学部卒業(小松雅雄教授「経済政策」のゼミで教えを受けた)。東宝(映画助監督3年)、ソニー勤務(宣伝部門及び広報部門11年弱)を経て現職。
 ソニー勤務時に書いた小説「けさらんぱさらん」で文藝春秋の「第62回オール讀物新人賞」を受賞。ソニー史上初の文学賞受賞者となった。
 小説では、前記『協奏曲』『夜想曲』『恋歌』以外に、コミカル推理小説『殺しだしたら止まらない』(光風社出版)、フジテレビの2時間ドラマになった『サマータイム・ミスティ』や『ようこそ吸血姫(きゅうけつき)』など軽いタッチの集英社コバルト文庫5冊もある。
 ノンフィクションでは、出身企業のソニー物に『ソニーの壁』『ソニーを踏み台にした男たち(パートⅠ、パートⅡ)』『ソニー燃ゆ』がある。
『不撓の軌跡―昭和20年東大物理学教室の男たち』、日本で初めてコンタクトレンズを開発したメニコンの創業者の半生を描いた『開眼―田中恭一伝』(非売品)なども書いた。
 
 ソニー勤務時代に培われた「フロンティアスピリット」に突き動かされて、早くから電子書籍に注目し、ケータイ小説では、テレビ番組と同じ感覚に立った〝日本初のスポンサー(ポッカコーポレーション)提供ケータイ小説〟をライブドアから2006年夏に連日発信した。

 2009年からは本格的に電子書籍市場へ書き下ろしを含めた作品を発表してみたものの、日本は〝電子書籍先進国〞のアメリカとは事情が違うということに気づき、また、電子書籍の売れ行きは紙の本の100分の1という厳しい現実を知って失望、電子書籍熱が冷め、再び紙の世界へ回帰し、現在に至っている。

 少年期に多大な影響を受けた従兄に、荒木不二洋(数学者・数理物理学者。京大教授、東京理科大教授を経て、京大名誉教授)、荒木光彦(京大副学長を経て、京大名誉教授。現松江工業高専校長)がいる。光彦は、京都の名門校である洛星高校時代、〝神童〟といわれ、京大に一番で入り、一番で卒業。2012年3月で高専を定年退官した。

(2016年12月2日記)